2008年04月05日

カバンが見てきた歴史

大正時代の旅行カバン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


大正時代の人が使ってた旅行カバン。

海外に渡航するときのカバンだったらしいのですけど、この時代ってですね、
よその国に行くってことは結構大変だったのではないでしょうか???

当然ながらこの時代に飛行機はないので、船旅になるんでしょうけど。
使い古した このカバン見てたら色々と想像がふくらみませんか (  ̄   ̄) ?

行き先がヨーロッパとかだったら、いったい何日かかるのか?
外人が珍しい時代に、自分が外国人として異国の地に赴くことに不安はないのか?
言葉、通じるのか?
食べ物は?
治安は?
何かトラブルあったらどうすんの??
などなど………

考え始めたらキリがない。

 

むか〜し昔に作られたこのカバンは、
今の時代、2000年代に暮らす自分では想像できんような出来事を
色々見てきたのかもしれませんねぇ〜  (´ー`)

  

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2008年01月10日

樫野崎灯台

樫野崎灯台-1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


和歌山県は大島とゆー島の岬、樫野崎に灯台があります。
そのまんまですが樫野崎灯台。

前回のスイセンにまつわる話で2番煎じっぽいですけど、
地元の人なら誰もが知ってる話、樫野崎灯台にまつわるお話をチョット… 

 

昔むかしの明治時代…
とある荒天の日の夜に、ちょうど樫野崎灯台の沖を通りかかったオスマン帝国(今で言うトルコ)の軍艦
エルトゥールル号が悲運にも座礁しました。

嵐の夜に座礁、自体は深刻です…
真っ暗闇の海に投げ出された人もたくさんいるでしょう…

 

岸の近くまで流された船員の一人が必死の思いで岸まで泳ぎ着き、
そこから灯台の明かりを目指してさらに険しい崖を這い上って灯台の宿直員に助けを求める。

宿直員は異国の言葉は解らないけど、その人の身振り手振りで事の大変さを悟り、
村人全員に呼びかけて救護活動にあたります。

大多数の船員が死亡または行方不明になりましたが、なんとか60数名の人が救出され。
そしてその後数日間、それらの人々のケガの回復をはかるために献身的な活動が行われたそうです。
(食べ物が豊かでない時代なのに、非常用の食料を提供したとか)

 

以来、ここ串本町大島とトルコは友好関係を結び、
マイナーではありますが行事など催したりしてお互いの国を行き来してる人もおったりします。

ご興味があって更に時間があるって人は、この記事を読んでみてください〜。
エルトゥールル号遭難事件フリー百科事典『ウィキペディア』参照

 

 

と、普通ならここで話は終わるのですけども。
今宵のワタシはしつこいです! (すんません)

今から数年前に、偶然TV番組を観て知ったエルトゥールル号遭難事件の後日談。
めちゃめちゃ感動した話です。

 

確か1980年代だったでしょうか?
イラン・イラク戦争の真っただ中、戦況がますます激しくなってきてる時に
サダムフセインが、『今から48時間後に、我が国の上空を飛ぶ飛行機は全部撃墜する』
という発表をしました。
(24時間後だったかもしれませんが記憶があいまいで定かではないです)

ここで焦ったのはイラクに住んでる日本企業の人々。
戦況が激化してるのでイラクにこのまま残るのは非常に危険、
でも出国できるまで、つまり飛行機に乗れるタイムリミットは残りわずかです。
一刻も早く日本に帰りた!!!!
が、どこの国の航空会社も自国の国民を優先して日本人を乗せてくれない。

当時、(というか今でもでしょうか?) イラクから出てる日本の航空会社の便はなかったそうです。
 

 

どうしよう……

大混乱だったそうです。

 

 

でも何ということでしょうか!
日本人達の窮地を知ったトルコの航空会社(トルコ政府の用命だったかな?)が
リミット寸前1時間ぐらい前に飛行機を出して日本人200数名を乗せて飛んでくれたのです!

 

凄いですね! (驚)

 


実はですね。
日本ではエルトゥールル号遭難事件の話は、ほぼ串本町民限定でしか有名ではないのですけども。
トルコの国では全国的に有名な話で学校の歴史の教科書にも載ってるくらいだそうです。

トルコ政府の用命だったかトルコ航空の自己判断だったかとゆーのには関係なく、
飛行機の乗務員達、機長・福機長・客室乗務員の方々は
『困ってる日本人に恩返しがしたい』 という思いで飛行機に搭乗してくれたそうで、それは本当に…
本当に勇気ある行動だったと思います。

最初に機長が『俺一人でも飛ばす!』 と言ったら
他の乗務員達が 『いやいや僕も!』 『私も!』 

なかなか出来ることではない。

 

飛行機って、飛ぶと決まってから実際飛ぶまで色々な手順があって時間かかるんでしょうね?
時間ギリギリなのでヘタしたら撃ち落とされるかもしれないですね??

う〜ん(汗)

この話をTVで観たとき、感動のあまり全身にトリハダがたちました。


樫野崎灯台-2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにですけどワタシ。
前々回のサッカーワールドカップで開催地が日韓合同だったときは
日本代表の次にトルコ代表を応援してました〜 (゚Д゚)ノ

  
Posted by nobufish at 00:54Comments(8)TrackBack(0)

2007年11月08日

京都編〜南禅寺の水路閣

南禅寺-1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、しつこく続く京都編ですけども…

京都と言えばやっぱり神社仏閣ですねぇ。 ホンマ多いです…

適当にその辺を歩いてても、しょっちゅうお寺&神社を目にしてしまうぐらい神社仏閣だらけ。
しかもそれらの建造物の半分くらいはアンビリーバボーなくらい巨大な建造物でして
よくまあ、重機のない時代にこんなデカイもん作ったよなぁ…なんて感心してしまうくらい凄いです。

さすが都(みやこ)と呼ばれるだけのことはありますね〜 (゚0゚) ホホー

 

で、
そんなたくさんあるお寺の中で、今回は絶対に行きたかったお寺、

南禅寺!

南禅寺-水路閣:1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の水路閣。

和洋折衷とはこのことか?
何故に赤レンガのレトロちっくな水路がお寺の敷地内にあるのかは知らないのですけど、
ここは正真正銘お寺の敷地内なのです。

さすがの京都も平安時代から赤レンガがあるわけがなく、
建設されたのは明治時代とのこと。
琵琶湖疏水事業の一環として作られたとかなんとか難しいお話ですな…(汗)

南禅寺-水路閣:2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、とにかく歴史がある水路ちゅうことですが、この雰囲気… 
赤レンガフェチには たまらんとです♪ 

南禅寺-水路閣:3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見てるだけで萌ぇぇ〜 (゚▽゚*)♪   ってゆー気分になる… 
赤レンガ最高!

 

南禅寺-水路閣:4

 

ちなみに。

ここの水路はまだ現役バリバリでございまして、
上にあがってみたらちゃんと水が流れてたり
します。

水道管がある便利な世の中になっても
こーゆーのが文化財として残ってるなんて、
やっぱりエエですねぇ〜京都 ヽ(´ー`)ノ

  
Posted by nobufish at 00:48Comments(0)TrackBack(0)